家に帰って即効で2ちゃんを見ました。
関東が吹っ飛ぶというコメントを多くみてパニックになり
こりゃ関東も終わりだなと思って避難する準備をしました。
友達や両親も避難を誘ったんだけど
友達「心配だけど仕事があるし・・」
俺「死ぬか生きるかのときに仕事とかないだろ!」
両親「あんた変な情報見て頭がおかしくなってるんじゃない?
管さんもテレビも安全だっていってるじゃない」
俺「政府が情報統制しているんだよ!ネットをみろ!」
結局、説得している時間が惜しかったので
ひとりで新幹線に向かいました。
新幹線乗り場も俺と同じような
いかにも原発避難の目的のような人もちらほらいて
「原発が危ないので西の方へ避難するのよ~」
というような声がちらほら聞こえてきました。
「やっぱり危ないんだな。わかる人にはわかるよな。もう最期だって」
と思ってとりあえず京都行きのチケットを買った。
新幹線は座席がいっぱいで座れなかった。
広いところがあればそこに座っているような状態。
静岡くらいまで来たとき俺は
ひとりで逃げたことへの罪悪感を感じてきていた。
知り合いには片っぱしから電話してみた。
ひとりでも助けたいと思った。
電話をしていると隣りの子供を抱いた女性が
「やっぱり原子力発電所の問題で避難するんですか?」
と聞いてきた。
「それで俺はそうです。もう政府が信用できなくって・・」
と答えて2ちゃんで読んだ危険厨の脅しをそのまま伝えた。
原発が危ないので旦那と相談して子供を連れて
ほとぼりが冷めるまで避難することに決めたという。
旦那さんは仕事で離れられないけど
何かあれば一緒に避難するということだった。
Sさん「京都で大丈夫ですかね?」
俺「ネットでは天皇陛下とかは京都に行くらしいです。
陛下が京都にいるってことはそこが大丈夫なのでしょう。」
今思うと恥ずかしいがそんな話を真面目に話していた。
もしかしてその女と・・・
「もう手に負えなくなって原発現場はもう作業員がいないらしい」
とかそういう話がちらほら聞こえてきた。
もう今日か明日には終わるんだろうなと現実的に思えてきた。
Sさん「京都のホテルとか空いてるんでしょうかね?」
俺「わからない。避難した人でいっぱいだと思う。
けっこうな人がもう避難していると思うし・・」
Sさん「避難所とかあるんですかね?」
俺「大阪とかで避難所とかあるみたいだけど関東の人が入れるかどうか・・」
Sさんの娘さんは1歳でまだ長く歩けないし言葉もしゃべれない。
俺「京都は観光地だからホテルとかたくさんあるでしょ?
駄目だったら大阪に行けばいい。
着いたらとりあえず観光案内所で紹介してもらいましょう」
そう話していろいろ話をした。
おもいっきりその時の俺は2ちゃんや
twitter情報の危険厨の情報を鵜呑みにしていた。
それでなにかヤバい情報を見つけるとSさんにその場で見せていた。
Sさん「主人は大丈夫かしら・・逃げられるかな・・」
俺「ほんとうに危険になったら政府は発表すると思う。
ひとりだと身軽だから逃げやすいと思う」
というようなことを話してたと思う。
意外とホテルはすぐに駅から遠いビジネスホテルが二部屋見つかった。
でも京都から何駅か離れた場所だった。
俺はSさんたちとそのホテルに泊まり翌日に待ち合わせをして
その後の情報でどう判断するか相談することに決めた。
ずっと携帯で2ちゃんやtwitterをみていた。
東電会見の実況とかをみて
「ああ、もう関東は終わりなんだな。絶対、関東がなくなったら
政治家になって敵をとってやるとか考えていた。」
バイトもとりあえず明日から長期休暇の連絡をしないとって思ってた。
でも連絡をしなくても東日本がなくなるんでいいかなとかとも思ってた。
翌朝まで携帯で情報収集して約束の時間にSさんたちと会った。
とりあえずホテルでその日も泊まるように延長して喫茶店とかで
どうするかということを話していた。
そしてSさんの旦那さんからSさんに電話があって
ぜんぜん東京は普通だって聞いて安心していたりした。
俺「なにも起きないですぐ帰れるかもね」
っていう雰囲気になっていた。
とりあえず日曜まではこっちにいようという話になった。
Sさんとそういう話になって
その日はそれから別れて京都の幕末史跡なんかを観光していた。
夜にSさんからメールがあって東京に放射能が来たという話が来るまでは
自分も安全厨にシフトしつつあった。
おい、風邪引くから早くしろ
とかいう情報をテレビで観たとかいうメールが来た。
俺はまたパニックになりテレビを見ると
安全ですとかただちに危険がありませんという
情報がいかにも胡散臭いと感じるようになってSさんに
俺「来週もこっちにいたほうがいいかも・・・」って話になった。
でも持ち合わせがそんなにないみたいなので
Sさんはウィークリーを借りることをおすすめした。
翌日はSさんとウィークリー探しをした。
はじめは俺は住むつもりはなかったが、
ウィークリーでも二部屋ある鍵付き物件とかあって
とりあえずSさんと一緒に借りることにした。
金は俺が7割くらいだした。
でもそのときから避難するのは大げさすぎるかなとか思ってきた。
もし東京が壊滅するならもっと政府の人とかが避難するから
物件も借りれないんじゃないかと思っていたし
ネットでも収束ムードになっていたので
俺は帰ったほうがいいんじゃないかと思ってきた。
でもなんとなくSさんを置いて帰るのは薄情な気がしてきた。
帰るときは一緒に帰ろうとか思えるようになってきた。
あとで情報を調べてみるとそうなんだけど、
核っていうのは爆発するっていうイメージが強かったんだよ
その日からSさんたちと一緒に暮らしました。
部屋は別でした。
でもSさんと一緒に住んでいるうちに
Sさんのことでエロいことを考えるようになってきた。
避難してからホテルにいるときは一度も俺は抜いていなかった。
なんとなくひとりだけ逃げてオナニーとかするのは不謹慎とか思っていた。
ただSさんと部屋は別とはいえ一つ屋根の下に住むということは
かなり耐え難いムラムラがあった。
その日は夜に風呂でSさんを想像しながら避難後初めて抜いた。
しばらく溜まってたんですごい量がでた。
もしこのまま帰れなくなったらSさんと結婚して
こっちで暮らすかもとか考えるようになってきた。
はたから見るとまるで夫婦のようだったと思う。
俺は23でSさんが29で6さい差だったが
Sさんは甘えがちであまり年上だとは感じなかった。
それから午後に別れて俺はネットカフェにいった。
家に戻るとSさんが夕食を作っていた。
Sさんは子供もいるしあまりお金を使いたくないのかずっと家にいたらしい。
食事を自分の部屋で食べて俺は携帯で2ちゃんをみてた。
原発のニュースがあるとSさんに呼ばれて一緒に見て
どう思うか話しあったりしていた。
Sさんも俺ももう大丈夫なんじゃないかってくらいに思っていた。
それから原発の話よりも世間話が多くなってきたと思う。
Sさんの学生時代の話とか旦那の会社の話とか、
俺は大学にはいかなかったので、大学の話とか新鮮に感じた。
情弱もここまでくると病気だな
完全に俺たちは狂っていたと思う。
俺は自分で情強だと思ってた。
そのうち浮気の話とかになって
Sさん「〇〇君と一緒に住んでるなんて旦那にはいえないです」
とかそういう話になって
俺「まあ、世間でいえばひとつの家に男女が住むとなると疑うしなあ」
とか話しながらだんだんと男と女とかの話になってきた。
でもSさんは
「どちらかというと弟という感じだから
〇〇君はそういうふうにはみれないw」
とか話してきた。
俺「そうだね。Sさん年上だしおばさんだしw」
とか冗談をいいながらごまかしていた。
でもSさんと近くにいるうちに俺はSさんをかなり意識し始めていた。
どちらかというと純粋というよりどろどろした感情だった。
その日は風呂で抜こうとしたが抜けなかった。
それがラッキーだったのか良くなかったのか・・
その夜はかなりムラムラしていた
俺は風呂場のドアの前でオナニーしようとした。
でもそのうちもう関東は原発で滅亡して日本も危ないかもしれないんだから
Sさんをレイプしてもいいのではと思えるようになってきた。
ドアに手をかけて開けるかどうか悩んだがとうとう開けてしまった。
Sさん「きゃ、どうしたの?」
俺「ごめん、もう我慢できない。Sさんのことを愛しちゃったかも。。」
はじめは騒がれるかと思ったけどSさんはどちらかというと甘い声で
Sさん「わかった。。でもすぐじゃなくってゴムしてくれたらいいよ。。」
俺はじゃあ、買ってくるといってすぐに部屋をでた。
もしかしたらSさんとか逃げちゃうかもしれない。
もどったら誰もいないかもしれない。
とんでもないことをしたと思いながら
コンビニに行きコンドームを買った。
帰りは遠回りをして帰った。
そのときの気持ちとしてはちょうど自分が帰ったときにSさんが
でていこうとしている瞬間に遭遇するのが嫌だった。
でていくなら俺が帰ってくる前に出ていって欲しいと思ってた。
それと俺はしばらく経験がなかったのでそれも不安だった。
でも戻ってくるとSさんはまだいた。
そして俺の部屋に一緒に入った。
Sさんは携帯でメールをチェックしていた。
その間がどきどきした。
それで
Sさん「私は人妻なんだからね。〇〇君わかってる?」
俺「うん」
なにがわかってるかわからなかった。
Sさん「いろいろお礼だからか今日だけだからね」
俺「わかった」
それでSさんを抱いた。
エッチのときはSさんは声を我慢しているような
甘え声になってよけい興奮させた。
でも仕方なくみたいに言っておきながら、
その日は朝までSさんとエッチしていた。
4回した。
妊娠が怖いみたいでゴムをつけていても
射精をするたびにシャワーにひとり俺は行かされた。
朝から原発のニュースをみながら「また嘘言ってる」とか
「なにが危険がないだよ」とか冗談をまじえながら話していた。
それから買い物以外は外に出なくなっていた。
Sさんは旦那とメールをして娘が寝たら、
俺がキスしたり手を握るというふうに
完全に不倫相手になってしまった。
そしてセックスは毎晩した。
Sさんがこない時は俺がSさんの部屋まで呼びに行った。
そうこうしているうちにウィークリー借りてから5日が経った。
原発事故も日常になった。
でもその日まで帰るとかそういう話はなかった。
なんとなくSさんとの不倫関係が楽しくって
ずっといたいと思えるようになってきた。
Sさんも同じだったんだと思う。
俺ら二人はそのときになって原発のニュースをみながら
Sさん「まだ危ない。あと少し様子をみたほうがいいかも・・」
俺「そうだね。状況がすごい悪化している。」
俺らはもう気づいていたと思う。
関東にいればなにもないことを・・・
でももう一週間はいたかったんだ。
だから、Sさんは旦那に水道水とか危険だから
もう少し様子をみるとかいっって
3月末まで避難ということになった。でも旦那が怒って
一週間は無理で3日後に帰るってことになってしまった。
それからはもうしばらくしたらお別れなので
二人で思い出を作ろうってことになって大阪とかに遊びに行った。
子連れとはいえデートとかはちゃんとしたのは俺にとってはじめてだった。
Sさんが電車から降りるときとかあと荷物を持ってあげたりとかするたびに
Sさんは俺のことを大げさに褒めた。
TVでは原発のことをやっていたがもうほとんどどうでもよくなっていた
影響がないということはいえない雰囲気になっていた。
なんとなくだがSさんとしては罪悪感を打ち消すために
避難しているから俺と暮らしているという
言い訳にしたかったんだと思う。
それがわかっていたので
「長期的な影響が・・とか食料不足になるかも・・」
とかそういう話でごまかしていた。
家に帰って夜にはまたセックスした。
そのうちSさんは俺のことを好きだというようになってきた。
関東に戻ってからも俺らは不倫をつづけるのだろうか・・・
思えばメールも携帯も交換したので
いつでも連絡がとれるようになっていた。
でもSさんは旦那さんがいるし戻ったら
お互いに日常に戻って忘れてしまうのではと考えるようになった。
そしてSさんは子持ちだ。俺と結婚するとしたら両親はなんて思うんだろう。。
略奪愛とかするほど俺はSさんを好きなのか?とか考えるようになった。
Sさんも
「〇〇君とも明日でお別れだね」
とかさらって言ってきたりして、俺としてはSさんが関係を
続けたいのか切りたいのかの判断ができなくなってきた。
ただ続けようっていうと不幸が待っているんじゃないかって気がしてきた
俺もたぶんSさんも日常がなつかしくなってきたんだ。
雰囲気をかなり作ったし愛撫にもかなりじっくり時間をかけてみた。
Sさんは少し泣いていた。
その涙をみて俺はSさんは今日で清算するつもりなんだと理解した。
翌朝、帰り支度をした。
そして新幹線の切符を一緒に買いに行って東京行きの新幹線に乗った。
最後にキスしたかったけどやめておいた。
俺もSさんも日常に戻ったと思う。
Sさんにはメールも電話もしていない。
絶対にしないって決めたんだ。
以上です
旦那さんが可哀相で泣ける
だから帰ってこいじゃん
やりまくってたならたぶんばれてる
離婚とかなってたらしばらくしたら連絡来るかも・・
それが怖いというかそれでもいいけどなんかまたパニくりそう
離婚したからまた前の関係に戻ろうって言ってくるよ
なんとなく思い出のままで終わるんだろうと思ってる。
でも一年後くらいにどうなったかとか聞いてみたい気もする。
セックスはまだ母乳がでたので胸はおいしかったです。
記憶した中で母乳ってはじめてなめました。
あそこは形は綺麗でした。ただ出産のときに切ったところが
指入れをや挿入を激しくすると痛くなるっていってました。
これで一本AVのシナリオは出来るな
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